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大阪地方裁判所 平成6年(わ)3556号 判決

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府知事Nを推薦し、支持する政治団体であるN後援会の事務局長であると共に会計責任者であるが、同後援会の事務局長代行S及び事務局次長Iと共謀の上、平成五年三月初めころから同月二二日ころまでの間、大阪市北区南森町二丁目一番一七号高橋ビル東五号館三階所在の同後援会事務所において、政治資金規正法一二条一項の規定により、自治大臣に提出すべき同後援会の平成四年分の収支報告書を作成するにあたり、実際には同後援会が開設し管理する「日本伝統文化研究会」及び「海外労働文化研究会」名義の銀行口座に振り込まれるなどして法人その他の団体から同年中に受けた寄附があり、同報告書の同年分の収入額について、その実際額は一億三三四〇万円であったにもかかわらず、これが四〇六一万六三九三円であった旨虚偽の記入をして、平成五年三月二三日、同市中央区大手前二丁目一番二二号大阪府庁本館五階所在の大阪府選挙管理委員会において、同選挙管理委員会を経て自治大臣宛てに提出すべき右収支報告書を同選挙管理委員会に提出したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、平成六年法律第四号(政治資金規正法の一部を改正する法律)附則七条により同法による改正前の政治資金規正法二五条一項(一二条一項)に該当するところ、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一〇月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、政治団体であるN後援会の会計責任者である被告人が、同後援会の他の幹部職員二名と共謀の上、自治大臣への平成四年分の収支報告書提出に際し、同後援会が任意団体二団体名義で企業などから同年中に合計一億三三四〇万円の寄附を受けて同額の収入があったにもかかわらず、その収入額を四〇六一万六三九三円と虚偽の記入をした同年分の収支報告書を提出したという事案であるが、秘匿した金額は九二七八万三六〇七円もの巨額であり、犯情は悪質である。

二  政治資金規正法は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性等にかんがみ、政治団体等により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体等に係る政治資金の収支の公開及び授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もって民主政治の健全な発達に寄与することを目的とし、そのため、政治団体等はその責任を自覚し、政治資金の収支に当たっては、いやしくも国民の疑惑を抱くことのないように、同法に基づいて公明正大に行わなければならないことなどを基本理念とする。そして、これらの目的及び基本理念を実現するため、同法一二条一項では政治団体の会計責任者に対し、毎年一回、当該政治団体に係るその年における全ての収入及び支出を記載した収支報告書を都道府県の選挙管理委員会又は自治大臣に提出するよう義務づけており、同条項に違反して収支報告書の提出を怠り又は記載すべき事項の記載をしなかったり、若しくはこれらに虚偽の記入をした者に対しては同法二五条一項により罰則が規定されている。

三  ところで、被告人らが本件収支報告書に虚偽の収入額を記載した動機は、大阪府知事選挙のあった平成三年分の収支報告書よりも選挙のない平成四年分の本件収支報告書の方が収入額が少なくなければ不自然であると考えたことにあり、また、被告人は、捜査段階において、大手建設会社、いわゆるゼネコンから寄附を受けていることや、選挙の際の借入金返済にこの寄附を充てていることなどが有権者に知れてN知事のイメージダウンにつながる恐れがあると思った旨も供述している(被告人の司法警察員に対する平成六年一一月一五日付供述調書)ところ、そもそも前年分である平成三年分の収支報告書の収入額自体も虚偽過少の金額を記載していたのであり、いずれにしても、このような動機は、政治資金の収支を公開して国民の監視の下に置くことによって政治活動の公明と公正を確保するという、前記政治資金規正法の趣旨に正面から反するものである。

そして、被告人は、当初から政治資金規正法の規制を潜脱する目的で「海外労働文化研究会」及び「日本伝統文化研究会」といった任意団体名義の銀行口座を作り、N後援会に対する企業などからの寄附をこれらの口座に入金させることにより、同後援会に対する巨額の寄附が明るみに出ないようにし、また、本件収支報告書に添付して提出するため虚偽の金額に合わせた架空の領収証を発行させるなどして収入を秘匿し、さらに、共犯者である同後援会の他の幹部職員二名に指示し、虚偽記入の発覚を防ぐため、本件収支報告書の記載金額と同後援会以外の関連政治団体の収支報告書の記載金額との間に齟齬が生じないようにこれらを相互に調整するなどしたのであって、組織的、計画的犯行であり、犯行態様は巧妙、大胆である。

四  近時、国民の政治に対する信頼を回復するため、国も地方政治も共に政治的腐敗を一掃すべく努力しているところ、被告人らによる本件犯行は大阪府政に対する府民の信頼を裏切り、政治に対する不信感を増大させるものであって、社会的影響も看過できない。

さらに、被告人の供述等によれば、N後援会の関係政治団体等を含めて一般に政治団体においては本件のような収支報告書の虚偽記載が常態化していたふしが窺われ、そのような状況の中で被告人らにおいても政治資金規正法に対する規範意識が鈍麻していたものと認められる。もとより被告人が責めを負うべきであって、このことにより本件が正当化されるものではないが、しかしこのような政治資金規正法を軽視するかのごとき風潮もまた本件の犯行の背景となっているとも考えられ、かかる風潮を是正するためには政治団体関係者に対し同法に関してより一層の遵法意識が求められるのは勿論のこと、有権者の側においても政治団体、とりわけ政治資金に対する不断の監視と批判が必要であるものと考えられる。

五  一方、被告人は、逮捕当初から自らの責任を認めて事実を素直に供述しており、反省していること、本件逮捕後に公職や会社顧問を辞任し、予定されていた叙勲も辞退したこと、また、昭和二五年から昭和五五年までの三〇年間にわたり大阪府職員として勤務し、退職直前には知事室長を勤めるなど要職を歴任し、退職後も府の外郭団体の役員等を勤め、いずれも真面目に職務に従事し、大阪府政に貢献してきたこと、本件は被告人が自らの利得のために行った犯行ではなく、また実際にも被告人の利得はなかったこと、前科前歴がないことなど量刑上被告人に有利に考えるべき事情も認められる。

六  そこで、これらの事情を総合して考慮した上、被告人を主文掲記の禁錮刑に処し、その刑の執行を猶予するのを相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 竹田隆 裁判官 増田啓祐)

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